いつもの挨拶


 リナとガウリイさん。それが今わたしが一緒にいる人たちの名前。

 うちの王宮で出会ったときから興味をひかれた。大きなガウリイさんと小さなリナ。一見でこぼこの二人なのに、 お互いの隣に立つ姿はやけにしっくりと馴染んでいて、まるで違和感を感じさせない。男女の二人組にありがちな雰囲気はいまひとつ 読み取れないのだけれど、お互い単なる旅の連れ、とは思っていないのが分かる。となれば傍から見れば、どういう関係かしらと気になるのは当然というものだ。

 だから、旅にくっついていくと決めたとき、道中二人の仲を根掘り葉掘り聞き出してみようと楽しみにしていたのだけど。

 すぐにそんな気はなくなってしまった。


*  *  *



「流石セイルーンの魔道士協会、といいたいところだけど、図書室は今ひとつだったわねー」
「まあね、自慢じゃないけど王都にある施設に比べればこの辺はこんなものよ」
「んー、そんなもん?まあ、別に悪くはなかったんだけど、有名どころの写本とかがほとんどで、目新しさに欠けてたわ」
「白魔術系ならいくつか面白いものもありそうだったけど」
「あっち系はいまひとつ相性が悪いから、パス」
「覚えておいて損はないと思うんだけど……」

 まあ、白魔術に関してはリナは今ひとつ興味が薄いからこの程度の反応で終わりみたいだけれど、これで黒魔術系の本が大量にあったなら、 どれだけあそこで時間を過ごしたことやら。最初、いちおう数を揃えた書架を見たときは目を爛々と輝かせていたんだから。

「にしてもリナ、ガウリイさん置いてきちゃって良かったの?」
「あーいーのいーの。あいつ、ああいうとこに連れてったところでいびきかいて寝込むだけだろうし」
「そうじゃなくて、寂しがってるんじゃない?」
「あのねえ……でかいナリした男が寂しがってるとか言わないでよ、不気味だから。
 だいじょーぶ。きっとそのへんでお気楽に買い食いでもしてるでしょ」

 最後のはきっと、幸せそうにフランクフルトを齧りながら連想した台詞に違いない。
 もっともそういうわたしもしっかりフルーツの刺さった串など持っているのだけど。

 そんなこんなで買い食いなどしつつ、他愛無い会話をしながら町を歩いていく。刺激は少ないけれど、こういう時間も悪くない。
 ひょっとしたら、これはかねてからの疑問をつっつくチャンスかもしれない。なんだかんだいって こうしてリナと完全に二人きりになる機会って貴重だから。リナ一人をじっくりと質問攻めにするなら今だ。
 思い立ったが吉日。早速口を開きかけたわたしだけど、それは他ならぬリナの声に遮られた。

「あれ、ガウリイ?」
「え?」

 思いがけず興味の片割れである彼の名前が出て、わたしは視線をリナから前方の広場へと戻した。

「あ、ほんとだ」

 リナの指差す先にいたのは、やっぱりガウリイさん。あの長身と金髪を見間違えるはずもない。
 ぽつぽつと出ている露店に積まれた果物だの布だのを覗きこんで、のんびりしている姿が見える。こちらに背中を 向けているから顔は見えないけれど、きっと平和そのものな表情をしてるんだろう。

 目の前の露店を見終わったのか、ガウリイさんはかがみこんでいた身を起こし、こちらを振り返る。
 とたん、わたしたちを見つけたガウリイさんは嬉しそうに笑って、かるく手を挙げた。
 それを見たリナがちょこちょこと小走りに駆け寄っていく。

「ただいまーガウリイ」
「おーおかえり。なんか早かったけど、もしかしてお前なんかメチャして摘み出されたんじゃないか?」
「あんたが見てないところではもれなく暴れてるとでもゆーんかい、あたしは猛獣かっ!」
「似たようなも……いやなんでもない」
「あんたねぇっ」
「こら、暴れるんじゃない」

 じたばたと暴れるリナと、その髪の毛を撫でつつさりげなく押さえつけるガウリイさん。
 そんな二人の姿を見て、わたしは心の中で思わずこう呟いていた。

 普通、ただいまとかおかえりっていう挨拶は、お家に帰ったときにするものじゃなかったかしら。
 少なくともどこか腰を落ち着けられる場所にいる時に出る言葉だと思うの。こんな往来で、相手の顔を見るなり 言うものじゃなくて。

 本人たちは何の疑問も感じてないようだけど。

 なんていうか、二人の関係はどこまでいってるの?とかそんなことを聞くのがばからしくなってしまった。 たぶん目の前にいる二人は既にそんなレベルを超えてしまっている。しかもそのことに自分達自身が気付いて ないようだから始末が悪い。
 これじゃあ根堀り葉掘り聞いてみたところで、具体的な答えは返ってこないに違いないし、既に結論が 見えてしまったことを探るのも面白くない。きっと、この二人は見たまんまの関係なのだ。

 ええと、こういうの何て言うんだったっけ。

 ――そうそう、(つが)いだ。

 納得のいく表現が見つかったところで、わたしは来た道を振り返った。

「あれ、どこ行くのよアメリア?」
「ちょっとさっきの本の中に気になるものを思い出したの。だからもう一回行ってくるわ。
 二人とも仲良くねー」

 仲良くって何よ?と声を上げるリナと、首をかしげているだろうガウリイさんに後ろ向きに手を振って、 わたしはその場を後にした。
 

 ただいまもおかえりも、ほとんど言ったことのないわたしには、何だか二人がとても眩しい。





アメリアは基本王宮から出ない生活をしているから、言う機会があんまりなかったと思います。