ふたつの合図
ふと、目が覚めた。肌寒さを感じたからでも、敵意を感じたからでもない。眠りが浅くなる周期がきて、何となくそのまま意識が引き上げられてしまったのだろう。
もしかしたら、珍しくルーク以外の人間がいるから感覚が鋭くなっているのだろうか。
そう思いながらミリーナは視線だけを動かして周囲を探る。
ルークは傍らにいなかった。焚き火が、消えてはいないものの弱くなり、用意しておいた焚き付けがなくなっているから、追加を取りに出たのかもしれなかった。 別の理由かもしれないが、いずれにせよすぐに戻ってくるだろう。ルークの性質からして、眠る自分を長時間他人の前に置いておくとは考えづらい。
とりあえず、ルークが戻るまでは目を覚ましたままでいよう。現在の同行者二人は特にこちらに敵意を抱いているわけではないが、用心するに越したことはないのだから。
そう考えながらミリーナは視線を行き渡らせる。ルークが席を外している以外には、眠りに入る前と特に変わりないようだった。
いや、変化はあった。
ガウリイに背を向けて眠ったはずのリナが、いつのまにか寝返りを打っていた。
栗色の頭が、傍らにある胡坐をかいたガウリイの足にぴたりと寄り添い、きゅっと握られた小さな手は、大きな膝のあたりに添えられている。
ガウリイの手はゆっくりとリナの髪を撫でていた。昼間、ともにべゼルドへ向かう道すがらにも彼は彼女の髪をかき混ぜ、 彼女がそれを恥ずかしがってもがく姿をルークに揶揄されて暴れるという光景が展開されていた。けれど、今髪を撫でる手は、昼間のそれとは 全く違い、梳るように静かに流れている。
きっといつも繰り返されていることなのだろう。髪を撫でるその動きは何の不自然さも感じさせなくて、とても優しい。
リナが目を覚ますことなく、安らいだ寝息を立てているのがその証拠だ。そうして、ガウリイの手が何度も髪を梳くうちに、ん、と微かな声がこぼれ、小さな頭が甘えるように摺り寄せられた。
その様子がひどく可愛らしい。
髪を撫でるガウリイだけでなく、見ているこちらまで微笑みたくなるほどに。
ミリーナの視線に気付いていたガウリイは、困ったように笑みを浮かべ、人差し指を唇に押し当てた。
それを見てミリーナは小さく肩をすくめる。
きっと、静かにな、と言いたいのではなく、リナには内緒な、という意味だろう。
言われずとも何も言う気はない。昨日今日の付き合いだが、昼間の光景を見ていれば何となく想像がつく。今の光景をうっかりからかったりなどしようものなら、 この少女はきっと意地を張って、いくら寝返りを打ったところでガウリイに届かない位置で眠ろうとするだろう。 そうなれば、ガウリイにとってもリナにとっても、こうして幸せを感じる機会が減ることになるだろうから、気の毒だ。
そう思うから、ミリーナは分かっているわ、と言う代わりに、寄り添う二人から視線を外す。
そのとき木立の向こうからルークが足音も立てずに戻ってきた。
からかいの種見つけたり、とばかりにやりと笑うルークを見て、 ミリーナは微かに笑みを浮かべて首を振り、人差し指を唇に押し当てた。