2.とてもきちょうで、めったにてにはいりません
「アトラス・シティまであと一日ってとこかしら」やっとここまで来たわねー、と嬉しげに呟きながら歩くリナ。
歩みに合わせて揺れる髪の毛を見ながら、オレは声をかけた。
「リナ、もうちょっとゆっくり行くか?」
「なんで?」
「お前さん、まだ本調子じゃないだろ。体力が戻るまでもうちょっとゆっくり歩いたほうが……」
「だから、大丈夫だって何度も言ってるでしょーが」
「だってなあ……」
呆れむくれた表情のリナに、それでもオレは言い募る。
数日前、物凄い呪文を使ったリナの髪の毛は銀色に染まった。
しばらく寝れば回復する、と言った言葉どおり、今ではほとんど元の栗色に戻っているが、何となくまだ色が薄い。
そんなものを見ていれば心配になるのが当然だと思うのだが、リナは心配するな子供扱いするなとむくれるのだ。
「心配したがる気持ちは分かるが、大丈夫だろう。髪がほぼ元通りということは、体力が回復している証拠だ」
「ほら、ゼルだってこう言ってるでしょ」
「でもなあ」
「でもはなし!ほら、美味しいごはんとお布団に向かって一目散に歩く!」
そういう口調は元気に弾んでいて。オレはそれを聞くたびにほっとする。
早く街に着きたいのはオレだって同じだ。早くちゃんとした物を食って、野宿じゃなくベッドに寝かせてやりたい。
だから、目の前の問題はさっさと片付けるに限る。
「――ま、ちょっと寄り道することにはなるかな」
「そうだな。客だ」
前方にわだかまる気配に、オレとゼルガディスは剣に手をかけた。
一拍遅れてリナも気付く。そして、にやりと不適な笑みを浮かべた。
「ガウリイ」
「何だ?」
「あたしが元気なところ、見せたげる♪」
「……は?」
「――そこにいるのは分かってるわよ、出てきたらどう!?」
前方の繁みに向かってリナが声を張り上げる。
なんだかさっきより段違いに元気になってる気がする。本気でトラブルが好きなんだな、こいつは。
「――気付かれちゃあしょうがねえ」
予想通りの台詞とともに、予想通りの風体をした盗賊がぞろぞろと姿を現した。
「おとなしく有り金置いてきゃあ見逃してやる。ただ、嫌だってんなら痛い目を見る……」
「はいはいはい独創性のカケラもない台詞はストップ!見た目もワンパターンなら台詞もワンパターン、 なら最後はパターンどおりサクッとやられるってお約束になってるのよね?」
「な……なんだとこのアマ!?」
「ま、あたしたちもさっさと行きたいとこだし、おとなしく有り金置いてアジトの場所も教えてくれたら見逃してあげても良いわよ♪」」
「こ……こいつっ!こっちがおとなしくしてりゃあ付け上がりやがって!」
リナの言葉に、怒り狂ってやっぱり予想通りの言葉で返す盗賊その一。
となれば次は――
「やっちまえっ!」
ほら来た。
「ガウリイ、ゼル。ちょっとだけ時間稼ぎよろしく♪」
こちらに殺到してくる盗賊たちを楽しげに眺めながら、リナは気軽にお願いをしてなにやら呪文を唱え始めた。
「お……おいっ!俺達を巻き込むなよ!?」
それを聞いたゼルガディスが何だか青い顔をして声を上げた。あ、顔が青いのは元からか。
「――さっさと片付けるぞっ!」
「おうっ!」
ゼルガディスに言われるまでもなく、オレは剣を抜いて前に飛び出した。
こんな素人に毛が生えた程度の奴ら、苦労するわけがない。オレは剣の柄でとりあえず2人ばかり殴り倒す。
そして、リナの呪文が完成する。
「――下がれっ!」
そのとき、ゼルガディスがやたら慌てて後ろに駆け戻った。
何を慌ててるのかと思うが、なんだかやたらせっぱつまってるので、首を傾げつつオレもリナの所へ駆け戻る。
その時。
「
赤い光が大爆発した。
「うーん、結構威力は抑えたんだけどこの通り。なかなかね♪」
ぴくぴくと痙攣する盗賊の群れを前に、リナは実に楽しげにブイサインを掲げた。
あの一発で盗賊はもれなく吹っ飛び、ついでに道には軽くクレーターができている。
「あんたなあ、こんな格下どもにそんな呪文を使うことないだろうが……」
「あら、これでそこの心配屋さんにもあたしが元気なことが良く分かったでしょ?」
呆れかえるゼルガディスの言葉に、リナは、ね?とやたら可愛く片目をつむってオレに笑いかけてくる。
オレはあまりに身もフタもない光景にちょっと力が抜けていた。
「今のなんだ?」
「――
なんだか痛そうにこめかみに指を押し付けながら、律儀に答えが返ってくる。
「そうそう。
いい?ガウリイ、この術を使える魔道士ってのは滅多にいないのよ。国に2、3人もいればその国は大きな顔ができちゃうってくらいなんだから♪ つまりあたしは天才なのよ」
そういってリナはえへんと胸を張る。
「だから心配御無用よ。さて、それじゃあアジトの場所を聞き出さないとっ!」
実に高らかに宣言して、リナはまだおとなしく痙攣している盗賊に向かって駆け出した。
その背中を見ながら、ゼルガディスがぼそりと呟く。
「いいか、あの呪文が聞こえたらとりあえず逃げろ」
オレはその言葉に深々と頷いた。
確かにこんな魔法を使える魔道士がごろごろいたら怖すぎる。特別貴重な存在でいてくれなきゃ困るってもんだ。
けど、特別な魔道士の中でも、リナはさらに特別だ。こんなに生き生きと魔法を従える奴、きっとほかにいない。
とりあえず、こんどリナがあの呪文を唱え始めたら逃げるんじゃなくて全力で止めよう。
オレは胸の中で静かに決意した。