4.だっそうにきをつけましょう
少し離れた上の方で窓の開く音がして、そこからふわり、と小さな影が宙に浮かぶ。それを見てオレは溜息を押し殺し、そちらの方へ足を向ける。
喜ぶべきか悲しむべきか、見事に予想は的中した。そろそろあいつの行動が読めるようになってきたということなのかもしれなかった。
「リナ」
「ぎゃっ!?」
名を呼ぶと、宿の二階の窓からふわふわと下りてきたリナが驚きの声と共に一瞬揺れた。
慌ててこちらを振り向いた顔は、びっくりした、と、しまった、のちょうど中間のような表情になっている。多分、窓から抜け出した時点で完全に隣の部屋のオレのことは出し抜いたと思ったんだろう。 だが、オレはおとなしく寝てるんじゃなくて、こうして宿の裏庭に居たというわけだ。剣も鎧も身に着けて。
自分では見えんから分からんが、多分目は笑っていないに違いない。
「こんな夜中に何やってるんだ?」
「あ……あはははは。そーゆーガウリイこそ何やってんの?」
「目が冴えて寝付けなかったから素振りしてた。で、どこへ行く気だ?お前さんは」
「いやそのえーと」
地面の少し上でまだふわふわと浮かんだまま、リナはあちこち視線を巡らせる。完全に下りてこようとしない辺り、どうもまだ諦めていないらしい。
このまま放っておくとこいつはいきなり飛んでいきかねないから、オレは手を伸ばし、その腕をがしっと捕まえた。
「ちょっ、ちょっと!何すんのよ!」
「大きな声上げると近所迷惑だぞ」
「知るかっ!いいから放せー!」
一応ご近所のことは気にしてるのか、小声で怒鳴るという器用なことをしつつ、リナは掴まれた腕を振りほどこうとぶんぶん振る。 もちろんその程度で振りほどける訳はない。リナだってそのくらい分かってるだろうに、どうにも最後まで抵抗しないと気がすまないらしい。とことん諦めの悪い奴だ。
そんなリナに、オレはもう一度問いかける。
「もう一度聞くぞ。どこへ、何しに行く気だ?リナ」
「う……」
真正面から目を見据えてやると、リナは一度そっぽを向いて、そしてやっと開き直ったのかこちらを向き直った。
「盗賊いじめよ」
「やめろ」
一言で斬って捨てると、とたんにリナの頬に血が上った。灯りはなくても月の光があればこのぐらいちゃんと見える。 特に今はいつもと違って、リナの顔がオレのとほとんど同じ高さにあって距離が近いからなおさらだ。いつになく間近に見える リナの顔を眺めて、こうして見るとやっぱり目がでかいなあ、などとぼんやり思う。もしかしたら、ちょっと現実逃避が入ってるのかもしれない。
この宿に入った時、宿の親父が親切心からか単なる世間話か軽い口調で、ここしばらく盗賊が出てるらしいと聞いたけど大丈夫だったかね?と 言った時からこいつの様子がちょっと変わって、もしかしたら今晩辺り一人で抜け出すんじゃないかと嫌な予感がして、念のため ここに居てみたんだが……
まさか、ここまで予想どおりにくるとは思わなかった。
そんなオレの心の呟きは知らず、リナは憮然とした声を投げてくる。
「何よ。あんたに止められるような謂れはないんだけど」
「大有りだ。意味なく人間をふっとばしに行くような真似、止めるに決まってるだろうが」
「どこが意味なくよ!一般人ならともかく相手は他人を襲って財産せしめてる悪人よ!それだけでふっとばされる理由は十分でしょーが!」
「理由になるのかそれが!で、なんだかんだと理由をつけてふっとばして、お宝をぶんどるわけか」
「そーよ。あたしの手に渡ったほうが、まだ正しく使われて、あるべきところに還っていく可能性だって残ってるってもんよ」
きっぱりと言い切って胸を張るリナに、オレはおもいきり溜息を吐く。
「なんだかんだ言っても、お前さんがぶんどるってことに変わりはないだろう……何でまたそんなことを。懐が寂しい訳でもあるまいし……シルフィールから依頼料もらったばかりだろう」
「確かに懐はあたたかいけど、それとこれとは別。もっとたくさんあるに越したことはないし、日々の堅実な積み重ねを忘れるわけにはいかないわ」
「またよく分からんことを……」
オレからすれば、何でそこまでしてお宝をぶんどる必要があるのか分からない。十分な依頼料を受け取ったばかりで、懐だってあたたかい筈だというのに。
セイルーンまで一緒に来てほしい。依頼料は払うから……と言ったシルフィール。 サイラーグがあんなことになったばかりで、オレ達は依頼料なんていらない、と言ったんだが、彼女はあっさり懐から 結構な重さの袋を取り出してきた。
本人曰く、神殿に金を置いといてもレゾ達の資金にされるばかりだったから、奴らの動きを止めるため抜け出すとき できるだけ持ってきた、でももう誰にも必要のない金だから受け取って欲しい、って言われて押し切られたんだが……肝が据わってるというか何というか。
いやいかん、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「いい?ガウリイ。これはあくまであたしの趣味よ。あんたに何か言われたからってやめられるようなことじゃないんだからね」
「何だか知らんが、とにかく駄目だ。見つけた以上は行かせてやらん。さ、戻るぞ」
断言して、オレは掴んだままの腕をぐいっと引いてリナを地面に引き下ろし、そのまま引っ張って宿の入り口に向かって歩き始めた。
背中の後ろから、なによ、だの放せ、だのといったリナの声が聞こえて腕がぐいぐい引っ張られるが、問答無用だ。絶対に放してやらん。 オレはリナの腕を引いて、宿の扉に手をかけながら思う。
リナはオレに何か言われたくらいで、素直にやめるような奴じゃない。だからオレは説得はしない。こうして実力で止めるまでだ。
リナがこの趣味をやめられないと言うのなら、オレだってこいつを止めることはやめられない。多分これからもこんなことはありそうな気がするが、 オレはせめてこいつの動きに気をつけて、見つけたらすぐに連れ戻す。
こうして、またひとつリナとの付き合い方が決まったのだった。