なにげない言葉
木にもたれて目を閉じると、大地のぬくもりが腰の下から伝わってきた。陽光のあたたかさが大地にも大気にも満ちていて、 体中が心地良い。このまま眠ってしまえばきっと最高だろうと思う。しかし、ここで時間を過ごしては日のある内に次の町に辿り着けず、 野宿になってしまって非常に困ることになる。だから、連れが帰ってくるまでの間だけ、と言い聞かせながらリナは目を閉じていた。ほのかな 眠気に誘惑されながら踏みとどまるのは布団に包まれるときに似ていて、その感覚をリナは存分に楽しむ。
ほどなく足音が近付いてきて横に立つのを感じたが、すぐに目を開けるのは勿体無い気になってしまって、リナはそのまま連れの声が 自分を呼ぶのを待ってみた。
「寝てんのか?」
「……寝てないわよ」
苦笑を含んだガウリイの問いかけに、ようやくゆるゆると目蓋を押し上げる。
寝ているかもしれない人間に対するものとしてはやけに堂々とした問いかけだが、そもそも人の気配には異様に敏いこの男のことだ。 本当に眠っているのなら、起きろと声をかけるか、そのまま寝かせて運んでいくかするだろう。 こうした問いかけをしてくるのは、こちらが起きていると百も承知だからだとリナは知っている。
「ほら、行こうぜ。日が暮れちまう」
掴まれ、と言わんばかりに大きな手が差し出された。
それを見てリナはぼんやりと思い出す。以前、仲間に手を差し出されたときのことを。 そして同時に、最初にその背中が別れて行くのを見送ったとき、この手の持ち主が言ったことも浮かんできた。
未だ微かに残る眠気が悪戯心を呼ぶ。この手を素直に取って立ち上がるには、季節に似合わぬこの陽気は心地良すぎるのだ。
だから、リナの口からはこんな言葉が漏れた。
「――利き手差し出していいの?」
「――は?」
「だから、利き手。そんな無防備に」
「――何かされるんじゃないかとは思わないのかってことか」
「うん」
「リナはしないだろ、そういうこと」
「ふーん、信用してくれてるんだ」
「そりゃあ、なあ」
いつもと変わらぬのんびりとした口調で、ガウリイは言葉を続けてくる。
「オレに怪我させたってリナが不利になるだけじゃないか」
――眠気はどこかへ行ってしまった。
それはつまり、自分は常に味方だから、それに傷を負わせることはお前にとってマイナスにしかならないとでも言うのだろうか。
もしそう言いたいのだとすれば――どうしてそういう結論に難なく辿り着けてしまうのだろう、この男は。
そうした思考が一瞬のうちに駆け巡り、無言のまま瞬きするリナを見て、ガウリイは不思議そうに声をかけてきた。
「違うか?」
「――違わない!ほら、行くわよ!」
絡まりかけた思考を振り切るように、リナは勢い良く目の前の手を取った。
その勢いを受け止めた手は彼女を楽々と立たせ、陽光に似たあたたかさを伝えてきた。