あたたかい夜

 己の身一つで空の下を歩くこと。それは季節の移り変わりを感じられるものであると同時に、季節の変化に身を晒し続けるということでも ある。そして当然、時にはそれを耐えがたく感じることも、ある。

「……寒い。寒い寒い、寒い!」
「北へ向かってるんだから当然だろう。今更騒ぐな」
「うるさいゼル。分かってても、寒いものは寒いの!最近やっと少しはあったかくなってきたかと思ったのに……」
「最後の寒さよねきっと。これが過ぎたらお望みどおり春が来るわよ」
「もうちょっとの辛抱だろ。我慢しろよ」
「分かってるけど……やっぱ寒い」
 それぞれの口調で窘められて、それでも不平を漏らしつつ、マントの前を掻き合わせてリナは決然と声を上げた。
「町に着いたら、何よりも先に宿!」



 日暮れ前に何とか町に辿り着くと、リナは宣言どおり適当な宿を見つけるやいなや滑り込み、女将に声をかけた。
「すいませーん!部屋、4つお願い」
「4つね……うん、空いてるけど」
「けど?」
 寒いんだから早く、と小刻みに揺れるリナと、その後から入ってきた顔ぶれを見回し、女将は言った。
「お客さん、そんなに寒いんならそっちのお嬢ちゃんと二人部屋にしたら駄目かい」
「どっちでも寒さは大して変わらないと思うけど」
「そうじゃないよ」
 女将は笑って手を振った。
「二人部屋で、ひとつしか空いてないんだけどね――暖炉のある部屋があるんだよ」
 その魅力的な単語には逆らえず、リナは女将の勧めどおり、暖炉のある部屋を取った。



 ……寒い。
 廊下に出た瞬間、ゼルガディスは心中舌打ちした。

 リナのように口に出すことはないが、彼とて寒いことに変わりはない。まして、日が暮れた後は昼とは比べ物にならない程冷え込みが厳しくなり、こうして 廊下に立っているだけで体温が失われていくような感覚がする。耐えられないとは言わないが、快いものだとはとても言えない。
 こんな寒い夜はさっさと眠るに限る。
 そう思いながら階段に足を向けかけたゼルガディスの視界に、ガウリイが現れた。目が合うと、寒さも暑さも感じてはいないかのように 平静な声がかけられる。
「よ、ゼルガディス」
「……何やってるんだあんた」
 ガウリイの手には大きな香茶のポットと酒の瓶、そして適当なカップがいくつか載った盆がひとつ。
「リナに頼まれた」
「……あいつなら、頼んだっていうより命令したという方が正しいんじゃないか」
「まあなあ。この部屋に入りたければあったかいものを下げて来いってさ」
「やっぱり命令だな」
「そうかもな」
 階段に足をかけながらガウリイは言う。後ろに付いて同じく階段に向かいながら、ゼルガディスはその背中にからかうように声をかけた。
「あんたも大概甘やかしすぎじゃないか」
「かもな。でも、女の子の部屋に入ろうってんだから、土産ぐらいは要るだろう」
「そういうものか?にしても何か用事でもあったのか」
 リナだけの部屋ならともかく、アメリアも同室である場合にこの男が部屋を訪ねることは珍しい。
「いや、リナが暖炉が気持ち良いって言うからさ」
「それだけか」
「ああ。お前も来るか」
「何で俺が」
「だって部屋に居ても寒いからどうせすぐ寝ちまうだろ?」
 寒いのは確かだし、言うとおり部屋に戻れば寝るだけだ。けれど、必要以上に群れるのは自分の趣味ではない。
 そんなことを思いつつ階段を上りきり、口を開きかけたゼルガディスを肩越しに振り向いて、ガウリイは笑った。
「どうせ居るなら、あったかい場所のほうが良いじゃないか」
 それだけ言って廊下を進み、ガウリイは辿り着いた扉をノックした。
「リナ。開けるぞ」
「どうぞ」
 承諾を得て扉は開かれた。その中に見えたものは、床の上の敷物に行儀悪く座り込むリナとアメリア。そして、その目の前でゆっくりと燃える暖炉の火。
 ランプの灯りと暖炉の火。ふたつの光に照らされて、その部屋はとてもあたたかく、やわらかい空気で満ちていた。
 その床の上でくつろいだ表情を浮かべたリナが歩み寄るガウリイを見、そして開けられたままの扉の側に立つゼルガディスを見て、不思議そうに口を開く。
「ちょっとゼル、入るならさっさと入ってよ。どうかした?」
「あ、ゼルガディスさん。良かった、カップ何とか4つありますね」
 リナの傍らに座り込むガウリイの手から盆を受け取り、中身を眺めたアメリアが声をかけた。

 これらの声を聞きゼルガディスは思う。確かにここはあたたかくて――悪くない。

 気付けば足は部屋の中に向けて踏み出され、後ろ手に扉を閉めていた。





ただ、暖炉のある部屋に集まる4人が見たくて書きました。