最悪の夢を見た。


 自分の舌打ちの音すら忌々しく思いながら、背を預けていた木の幹から身を起こす。
 無理もないとは思う。ここまで何の手がかりも得られないまま焦燥のみを募らせていれば、 悪夢くらい見るのは当然だ。
 そして、今のように全く先の見えない状況に身を置いていれば、悪夢の中でも最悪のものが訪れるのだろう。

 合成獣(キメラ)の体を人間に戻す手段。
 それを求め始めてこれで幾年になるだろうか。


 かって仲間と共に旅をしていた頃からは、既に一年が過ぎていた。





「帰らずの森?」
「――はい」
 ラルティーグ王国西端の小さな村にいたゼルガディスに声をかけてきたのは、 小柄で心労にやつれた顔をした男だった。
 男はこの村の村長だと前置きして、ゼルガディスと同じ卓に着く。

「――ご存知でしょうが、暫く前から各地でデーモンが現れたり、季節が狂ったりという異常が起きていると噂を聞きます。
 幸いこの村ではそういったことは今まで起きていなかったのですが、少し前から西の森がおかしなことに なりはじめました」

 無言で先を促すゼルガディスに、一息ついて村長は言葉を続ける。

「森へ入るものが皆迷うようになり――入った者は誰も帰ってこなくなりました。
 ――いや、実は一人だけ帰ってきた者がいるのですが、その者が言うには、他の人間とは森の中ではぐれてしまったが、一人は木の中に飲み込まれた、などといいます。  普通なら一人で見捨てて帰ってきたと思うところなのですが、あの必死さは嘘をついているようにも見えず――
 今はうかつに近寄ることも出来ず、誰が言い出したか『帰らずの森』などと呼ばれ始める始末でして」

 諦めたように言いながら、水で口を潤す村長に問いかける。

「――それで。俺にこの話をしてどうするつもりだ」
「一人旅をしているということは、腕に覚えがおありなのでしょう。――できれば、森の傍へ行って、何が起きているか見てきていただきたいのです。
 無論、少ないですが御礼はお出しします。見ての通りこの村には戦士や魔道士などがおらず、 旅の方にお願いするしか手がないものでして」
「見てくるだけか?どうにかしろ、とは言わないのか」
「無論、どうにかできるのであればすぐにでもお願いするのですが、まずは森のどこまで近づいても無事に戻ってこれるかを 知りたいというのが正直なところです。このままであれば危なくて村から西へ歩くことすらできません。
 実は、少し前にも旅の神官様や魔道士のような方々が立ち寄ったことがあり、森を調べるようお願いしたのですが、 神官はすぐにここを去ってゆき、魔道士の方は――承諾されましたが、森に向かったまま今も帰ってこられません。 まずは情報を無事に持って帰っていただきたいのです」
「――その状況はある日突然始まったのか?」

 先程よりも積極的な問いかけに、村長は顔を輝かせた。

「いつから、とは村のものも用がなければ訪ねない森ですからはっきりした日付は分かりません。  ただ、少なくともこの秋の始め頃まではそういうことは全く起きていませんでした。気付いた時には完全に今のような状態に なっていたというわけでして――」
「――分かった。その仕事、引き受けよう」
 そこまで確認するとゼルガディスは肯定の返事をし、それを聞いた村長の顔が喜色に染まる。
「本当ですか!?」
「本当だ。ただし条件を少し変えさせてくれ。
 森には向かうが、近寄るだけではなく、場合によっては中へ入りたい」
「!?」

 とんでもないことを言い出したゼルガディスに、村長は顔色を変える。

「ですから説明したように、森へ入れば戻れる保証はありませんから見てくるだけで良いと―」
「勘違いするな。あくまで場合によっては、だ。別に何が何でも入ってどうにかしてこようなどという気はない。  ただ、何か気になるものがあった場合には中に入ることもあるだろう。その場合、一日で戻ってくるのではなく  数日間森に入ることもあるだろうが、先にそれを断っているだけだ」
「ですからそれは最初からやめておかれた方が―」
「心配は要らん。俺がしたいようにするだけだから、別に戻って来れなくなってもあんたを恨むつもりはない。 単に、戻ってきた時は情報を提供してその分の報酬を貰う。それでいいだろう。
 ――ただ、しばらくは別の奴を森に近づけるのはやめておけ」





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