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繁みを抜けたゼルガディスの視界に、光の主と思われる人間の姿が飛び込んできた。年の頃は二十歳足らずといったところか。端正な顔立ちに腰まで伸びた淡い金色の髪と緑の瞳。乳白色の法衣とマントに黒いズボン。手袋とブーツ。マントから伸びる飾り紐を 胸元の
何者かは良く分からないが、何やら唇が動いていることから、魔法が使えることは確かなようだった。
ゼルガディスの姿を捉えた緑の瞳が、驚きではじけるように見開かれる。 その表情に、自分が今フードもマスクも纏っておらず、素顔を晒していることを思い出した。
内心舌打ちしながらも、ゼルガディスはそちらへ走り続けながら、念のため口の中で唱えておいた呪文を発動させる。
「――
目の前に現れたのは娘だけではない。娘と自分のほぼ中間には、妙な物体が在った。
藻で溢れる池の水が形をとればこういう物体になるだろうか。ところどころ微妙に透過した苔色の塊が、動物に近い生き物の形をして蠢いている。動物に近い、というのは、四肢のパーツはあれど頭部にあたる突起が見当たらないからだ。
言い表すならば、気味の悪い物体としか言いようのない代物だった。
背後から現れた気配に気付き、こちらに向き直ろうとする苔色に向けてゼルガディスは更に勢いを付け地面を蹴り、間合いを詰める。
その時、高い声が呪を解き放った。
「――
ばちばちばちばちばちっ!
「――なっっ!?」
声が聞こえた瞬間に、ゼルガディスは咄嗟に後ろに向かって地を蹴っていた。
小さな雷撃の粒が荒れ狂う。苔色の物体がゼルガディスに向けて動いたため位相がずれ、完全に包み込むには至らなかったものの、 それは苔色の周囲に覆いかぶさり、かなりの範囲を灼きつくした。
もしもあのまま飛び込んでいれば、こちらもただではすまなかっただろう。
背中に冷たい汗を感じつつも、体積の半分近くを失いみるみる型をなくしていく苔色に向かってゼルガディスは再び地を蹴り、魔力を込めた剣でそれを袈裟懸けに斬り下ろす。
――今度こそ、苔色ははじけ散り、土に染み込むかのように消え去った。
それを確認し構えを解くゼルガディスに、柔らかい声がかけられた。
「助かりました。ありがとうございます――」
「……俺は死ぬかと思ったぞ……」
「す、すみませんすみません!悪気はなかったんですけどいきなりあんなとこから誰か飛び出してきた上にあれに斬りかかるなんて思わなくてっっ! 分かってたらもうちょっとソフトな術にしておいたんですけどすみませんっ!」
いきなり全力で謝り始める娘を見て、ゼルガディスは溜息を吐いた。
とりあえず、怪物の一種と間違われて攻撃されたわけではなかったらしい。
悪気があって攻撃されたのであれば斬るところであるが、その必要はなさそうだった。
「で、今のはなんだ?」
「わかりません」
ゼルガディスの問いかけに、実に端的な言葉が返ってきた。
「わたしがこの辺りを歩いていたら、いきなりあれが出てきて――思わず驚いて
「……ということは、最初に見えたのは
「いや、その二つなら絶対避けられないだろうと思って……」
「その判断は正しいが、次からはひとの姿が見えたらやめておけ。いや、唱えても構わんが、あのタイミングでは発動させるな」
「ああですからそれはごめんなさいっ!」
再び謝る娘を見ながら、ゼルガディスは再び問いかけた。
「あんたもこの森に迷い込んで出られなくなったクチか」
「……あなたもですか?」
「人が迷う上にあんな妙な代物まで出るか……何なんだこの森は」
そのとき、あの苔色などとは比べ物にならないほど妙な存在が消えていることに気付いたが、とりあえず今は気にしないことにした。
「ところで、お聞きしたいことがあるんですが――」
口調を変えた娘に、ゼルガディスは無言で問いかけを待った。
「何か食べるものお持ちじゃないですか?」
木漏れ日の降りかかる中、腹の虫が控えめに鳴いていた。
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