「まあ話は分かった。ひらたく言えばあんたはうっかり迷い込んで一日中うろうろして腹を空かせて倒れかけていたところをあれに遭遇した、と」
「そこまでひらたく言わないでください……」
 状況を簡潔に纏めたゼルガディスの言葉に、一応の抗議の声がかかるがあっさりと無視される。

「しかしやはり物好きだな。村で聞いたなら分かるだろうが、こんな怪しい森に何でわざわざ入る。
 村長にも、しばらくは人を近づけるなと言っておいたんだが――」
「村?この近くにちゃんとした村があるんですか?」
「――は?」
 意外な返答に、ゼルガディスは間の抜けた合いの手を入れた。
「ちゃんとした村っ、て……ここの森から東にあるトーレンの村だが……あんたそこで話を聞いて来たんじゃないのか?」
「いえ、わたしが最後に立ち寄ったのは別の名前の村でした。
 この森だってこんなことになってるとは全然知らなくて……単にラルティーグ領への近道だと聞いたから通ろうとしただけなんですけど……」
「ということは、俺とは反対側から入ったのか……
 となるとこの森には俺たち以外にもまだ人間が迷い込んでる可能性もあるが……」

「――人間ではない。だが、ここにもう二人いる」

 唐突にかけられた声に、二人ははじかれたように振り向いた。

「そちらの男とは面識があるな。
 少し、話をさせてもらいたい。今そちらへ行く」

 木々の間から現れたのは、青い服を纏った中年の男と、白い鎧を身に着けたエルフの娘だった。


「――あんたは――!」
「誰ですか?」
 驚愕の声を上げるゼルガディスとは正反対に、エリュシアはいたって普通に問いかける。
「メフィ、私はこの場合どちらの調子に合わせて答えるべきだろうか」
「いつもどおりでいいんじゃないでしょうか。おじさま」
 森から現れた二人組はマイペースに会話を続けつつ、座ったままの二人に近づいてくる。
「――とりあえず腰を下ろさせてもらおう」
「失礼しますわね」

 そういって向かい側に腰を下ろした二人をしげしげと見て、エリュシアはゼルガディスに問いかけた。

「あなたはお知り合いなんですか?」
「――ああ、そっちの男のほうとはな――エルフのほうとは初対面だが」
 メフィと呼ばれたエルフと、その身にまとう奇妙な鎧にちらりと目を遣るゼルガディスに不機嫌な声がかかる。
「気安くエルフとか呼び捨てないでいただけます?本当に人間というのは失礼ですわねっ」
「そう怒るなメフィ。それに間違っているぞ。彼は人間ではない、合成獣(キメラ)だ」
「――その通りだが次に俺をそう呼んでみろ。斬るぞ」

 本気で青筋を立てるゼルガディスにただならぬものを感じ、エリュシアは急いで話題を変えようとした。

「あの、という訳で正しく呼ぶ為にもまずはお名前を聞かせてください。  それに、さっき『人間ではない』って言ってましたけど――お二人ともエルフなんですか?」
「――気に障ったなら済まなかった。
 そちらの男は知っているが、ミルガズィアだ。このような姿をしているが、北の竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)黄金竜(ゴールデン・ドラゴン)たちを束ねる任にある。本来の姿は竜だ。
 そしてこの子が――」
「メンフィスよ。見ての通りエルフですわ。
 ――あなたは何をそんなに驚いてらっしゃるの、エルフがそこまで珍しい?」
「いえ、あなたは見たら分かるので別に」
 ぴしっという音でも聞こえるかのごとく、メンフィスの顔が引きつった。
「驚いてるのはこちらの方にです。だって、どう見ても竜族には見えないんですが――」
「我らはある程度の年を経たものなら化身の術を会得できる。この姿はかりそめのものにすぎん。
 さて、次はそちらだが――以前お前の金髪の連れは男ではなかったか。随分面差しが変わったようだが」
「どう見ても別人だろうが……」
「分かっている。冗談だ」

 笑いどころを見つけられずに頭を抱えるゼルガディスに、会話についていけないエリュシアは二人を見比べて困惑した顔をする。

「結局どういう知り合いなんですか……?」
「いいからそちらも早く名乗ったらどう?」
「あ、すみません。えーと、エリュシアです。まあ……普通の旅人です」
「ゼルガディス=グレイワーズだ。ここから東の村で話を聞いてここに来た」
 ゼルガディスの言葉にミルガズィアは頷いた。
「我々もそうだ。この森がおかしなことになっていると聞いてな。少し調べてみるかと思い足を向け、現在に至っている」
「俺は村で『少し前に魔道士風の奴が入っていって帰ってこない』と聞いてたんだが、あんたらのことだったか……しかしいつからここにいたんだ?」
「うむ。今日で10日くらいになるだろうか」
「――は?」
「想像以上に奇妙な森でな。未だに全てを把握しきれておらん」
「驚きましたわよね、おじさま」
 ごく普通の調子で会話する二人に、エリュシアの呆然とした声がかかる。
「10日って……そんな長いこと迷ってて困らないんですか?」
「10日など瞬く間だ。別にどうというものでもない」
「これぐらいで長く感じるだなんて、人間というのはせっかちでいけませんわね」
 さも当然という調子で言う一匹と一人に戸惑うエリュシアに、ゼルガディスは諦めた調子で声をかけた。
「時間の感覚が違うんだろう。諦めろ」
「……はあ……そういうものでしょうか」
「それはともかくミルガズィアさん。どうしてこんな所にいる。長老であるあんたが竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク) から離れる理由とは一体――」
「今は我々だけではなく、何人もの竜やエルフが各地に散っている。
 ……お前たちも知っているだろうが、ここしばらく下級デーモンどもが各地で猛威を振るっている。今我らはその掃討と、他に何かが起きていないか 調べる為に各地を回っている。そのような中この森の話を聞いたため、足を向けたという訳だ」
 ――それで、お前たちはどうしてこのような場所、帰らずの森などに入った」

 ミルガズィアの言葉に、ゼルガディスとエリュシアはそれぞれ別の答えを返した。

「わたしは普通に迷っただけですが……」
「俺は村でこの森の話を聞いたとき、魔道士の作り出したものではないかと思ったんだ。ならばそれだけの技術を持つ魔道士に会えれば、 何らかの手掛かりを得られるのではないかと思ってここに来た」
「手掛かり?」
「――この体を元に戻すための手掛かりだ。俺の旅の目的はそれを見つけることにある」

 ゼルガディスの言葉に全員の視線が集中した。





<<4  >>6